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横浜地方裁判所川崎支部 昭和57年(ワ)399号 判決 1985年10月31日

原告

松浦真吾

右法定代理人親権者父

松浦芳

右訴訟代理人

小笠原市男

被告

小山四郎

右訴訟代理人

平沼髙明

関沢潤

堀井敬一

野邊寛太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金五万円及びこれに対する昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを五分し、その四を原告の負担とし、その余は被告の負担とする。

四  この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し、金四三万五六八〇円及びこれに対する昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  本件損害の発生の経過

(一) 原告は昭和五四年四月一三日生まれの男子であり、被告は医師である。

(二) 原告は昭和五六年五月一八日午前九時三〇分ころ、ガラス製人形ケース(高さ三〇センチメートル、横四〇センチメートル、縦二〇センチメートル)の上によじ登つたところ、上面のガラスが割れて、全身が右人形ケースの底まで落ちた(以下、「本件事故」という。)。

(三) 原告は、本件事故により、次の傷害を負つた。

(A) 右膝内側の十文字の切傷。多量の出血を伴うもの。

(B) 右足先の内側に切傷。

(C) 右脚に浅い線状の切傷。

(四) 原告の母松浦裕子(以下、「原告の母」という。)は、直ちに、原告を連れて被告経営の小山医院へ行き、次のとおり、被告の診察と治療を受けた。

(1) 本件事故当日から同月二三日まで

被告は、前記(A)の傷(以下、「本件傷」という。)部分にガラス片は入つていないものと診断し、その治療として、傷薬を塗り、化膿止め内服薬を投与し、毎日一回のガーゼ交換を行つた。

原告の母は、ガラス片の存在を心配し、この点につき、毎日のように被告に尋ねたが、被告は、その都度原告の脚を触り、「大丈夫、入つていない。」と答えていた。

(2) 同月二四日

本件傷は塞がりつつあつたが、その周囲が硬くしこつてきた。被告は、右しこりを認め、翌二五日、レントゲン検査を実施することとした。

(3) 同月二五日

レントゲン検査を実施した結果、本件傷部分にガラス片(以下、「本件ガラス片」という。)の存在していることが判明し、原告の母は、被告から切開するか否かの確認を求められたが、これを断り、転医すべく他の病院の紹介を求め、被告から総合髙津中央病院(以下、「訴外病院」という。)の紹介を受けた。また、同日、原告は前夜から咳がひどく、この点についても、被告のレントゲン検査を受け、風邪と診断され、その薬の投与を受けた。

(4) 同月二七日

原告は、風邪について、被告の診察を受けたが、大丈夫とのことであつた。

(五) 訴外病院における診療の経過

(1) 原告は、同月二五日午後三時ころ、被告の紹介により、訴外病院の診察を受けた結果、同月二八日入院し翌二九日本件傷部分から本件ガラス片を摘出する手術を行う予定となつた。しかし、同月二八日、訴外病院に入院し、レントゲン検査を受けたところ、肺炎の疑いがあると診断され、その治療のため摘出手術は延期となつた。

(2) 原告は、同年六月二日、本件ガラス片の摘出手術を受け、同月五日、訴外病院を退院した。右手術により摘出された本件ガラス片は、長さ三・一センチメートル、幅〇・七センチメートルの細長い三角形のものであつた。

(3) 原告は、訴外病院に、同月八日に通院して治療を受け、同月一一日に抜糸し、本件傷は完治した。

2  被告の債務不履行責任

(一) 原告の法定代理人である原告の母は、昭和五六年五月一八日、被告との間に、原告の本件事故による傷害について、正確な診断及び適切な治療を受ける旨の契約を締結した。

(二) 被告は、原告に対し、十分な視診、触診を行うべき義務があつたのに、これを怠つたため、本件傷部分に存在したガラス片を発見できなかつた。

(三) 仮に、十分な視診及び触診によつて本件ガラス片が発見できなかつたとしても、被告は、本件事故による受傷の経緯に鑑みれば、原告に対しレントゲン検査を実施して、本件ガラス片の有無を確認すべきであつたのに、これを怠つたため、右ガラス片を発見できなかつた。

3  因果関係

(一) 訴外病院での前記治療は、被告が、診療の当初に本件ガラス片の存在していることを発見し、これを除去していれば、必要がなかつたものであり、右治療に要した費用は、被告の前記債務不履行の結果生じた損害である。

(二) 被告が、診療の当初に本件ガラス片の存在していることを発見しなかつた結果として、原告においては、肉体的精神的苦痛が長びき、また摘出手術等の新たな肉体的精神的苦痛が加わつた。

4  損害

(一) 医療費 九万二六八〇円

訴外病院において、本件ガラス片を摘出するために要した医療費(整形外科治療費)九万七七六〇円の内金である。

(二) 諸雑費等 四万三〇〇〇円

訴外病院に入院中に要した諸雑費、留守番への謝礼及び通院費の合計金額である。

(三) 慰藉料

原告の前記肉体的精神的苦痛を慰藉すべき金額としては、三〇万円を下らない。

5  よつて、原告は、被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、右損害合計四三万五六八〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について

(一) (一)は認める。

(二) (二)のうち、原告がガラス製人形ケースの上によじ登つたところガラスが割れたことは認め、その余は不知。

(三) (三)のうち、(B)、(C)の切傷があつたことは認める。(A)の右膝内側が十文字に切れたとの点は否認し、その余は不知。右膝上部内側には、約二・五センチメートル×〇・五センチメートルの皮下脂肪組織に達する切傷があつた。

(四)(1) (四)の前文のうち、「直ちに」との点は不知。その余は認める。原告が来院した日は、昭和五六年五月二一日である。

(イ) (四)(1)のうち、被告が本件傷部分にガラス片は入つていないものと診断したこと、「大丈夫、入つていない。」と断言したことは否認し、その余は認める。

(ロ) 同(2)ないし(4)は認める。

(2) 被告が、原告について行つた診療の経過は次のとおりである。

(イ) 昭和五六年五月二一日、原告が、原告の母に連れられて来院した。来院時の原告の受傷部位は、(A)右膝上部内側に約二・五センチメートル×〇・五センチメートルの皮下脂肪組織に達する切傷、(B)右足先の内側の切傷、(C)その他、右脚に浅い線状の切傷であつた。

そこで、被告は、右(B)、(C)の傷に異物が入つていないことを確認したうえ、(B)の傷については縫合を行い、(C)の傷についても消毒等の必要な治療を実施した。

(A)の傷については、視診及び触診を十分に行つたところ、異物は入つていないように見受けられたので、初診時においては、健康に有害であるレントゲン照射は差し控え、万が一異物が入つていることも考慮して、切傷は開放創としたまま、経過をみながらレントゲン検査を実施するか考えることとした。

(ロ) 同月二二日、原告が来院した際、被告は十分に視診及び触診を実施したが、異物は入つていないように見受けられた。

(ハ) 同月二四日、原告が来院した際、被告が視診及び触診を実施したところ、傷がやや硬くなつていることが判明したことから、異物の存在が疑われたので、その翌日、レントゲン検査の実施を決定した。

(ニ) 同月二五日、レントゲン検査を実施した結果、異物を認めたので、被告が、原告の母に切開するか否かの確認を求めたところ、原告の母は他の病院を紹介して欲しい旨述べたので、被告は、訴外病院を紹介した。

(ホ) 同日夕方、原告は、咳が出て風邪のようだとして再来院したので、被告は、感冒剤、鎮咳剤、抗生剤を投与した。

(ヘ) 同月二七日、原告の母は、原告は昨夜発熱したが、今朝は解熱しており咳も軽くなつたと言つて来院したが、聴診所見では、やや呼吸音の増強があるものの著変はなく、被告は、急性気管支炎と診断して、同月二五日と同じ感冒剤、鎮咳剤、抗生剤を投与した。

以上のとおりであつて、被告は、原告に対し、適宜適切に、必要かつ十分な診察治療を実施していたものである。

(五)(1) (五)(1)のうち、原告が、昭和五六年五月二五日午後三時ころ、被告の紹介により、訴外病院の診断を受けたことは認め、その余は不知。同日、原告は訴外病院で受診したが、傷はきれいに治りつつあり、手術を急ぐ必要はなく、創傷が塞がり治癒した後に、異物の摘出手術を行うことになつたのである。

(2) 同(2)のうち、本件ガラス片の大きさ、形状は認め、その余は不知。

(3) 同(3)は不知。

2  請求原因2(一)の事実はその日付を除き認め、(二)及び(三)の事実は争う。

原告は、二歳の幼児であり、前記のとおり、被告は、視診及び触診を十分に行つたところ、ガラス片は体内に入つていないように見受けられたので、健康に有害であつても無害とは言えないレントゲンの照射を行わなかつたものであるが、経過観察のため切創は開放創とし、縫い合わせないでおいた。

初診当時、原告は泣き叫んでおり、その恐怖心や動揺を考慮すると、仮にガラス片が入つていることが分かつたとしても、その場で手術することは不適当であつたこと、原告の受傷は、身体の末端に属する足に対するものであるうえ、その程度も軽傷であり、仮にガラス片が入つていたとしても生命に別条はなかつたこと、レントゲン検査は、有効な検査法である反面、X線照射による害もあり、可能な限り避けるべきものであるところ、本件傷のような場合、(1)ガラス片が入つていない場合には、そのまま治癒し、(2)ガラス片が入つている場合には、しこりとなつて出てくるので、患者を十分な経過観察の下に置き、しこりが出てきたときにはじめてレントゲン検査を実施して異物の確認をするのがレントゲンの効果を最大限に利用し、無用な害を避ける方法として最も適切であつたこと、原告の受傷の場合、通院による手術で十分であり、経過観察を行つたとしても、費用及び治療日数にはほとんど差異が生じるものではないことなどの事情に照らせば、むしろ、経過観察を行うことの方が、成長中の幼児である原告に対する治療方法として適切であつた。

3  請求原因3の事実は争う。

前記の事情の下では、仮に初診時にレントゲン検査を行い、ガラス片の確認を行つたとしても、泣き叫ぶ原告に直ちに手術を行うことはできず、二、三日経過してはじめて手術することができたと推測される。また、初診時に手術したとしても、その治療期間には、ほとんど差異を生じない。

原告は、昭和五六年六月一一日まで訴外病院で治療を受けているが、これは、本件傷と無関係の肺炎が発症したり、あるいは、原告の母が、わざわざ訴外病院に入院を求めたために治療の遅延が生じたものであり、原告が、被告の勧めに従い、被告医院で手術を受けていれば、右遅延は発生しなかつたものである。

本件傷部分からの本件ガラス片の摘出手術は、被告の過失に関係なく、それ自体必要なものであるから、右手術に要した費用は、損害とは言えない。

4  請求原因4の事実は否認する。

第三  証拠<省略>

理由

一請求原因1(本件損害の発生の経過)について

<証拠>を総合すれば、次の事実が認められる。

1  原告は、昭和五四年四月一三日生まれの男子であるが、昭和五六年五月二一日午前九時三〇分ころ、原告方において、ガラス製人形ケースの上によじ登つたところ、上面のガラスが割れて、全身が右人形ケースの底まで落ちた(本件事故)。

2  原告は、右本件事故により、次の傷害を負つた。

(A)  右膝上部内側に約二・五ないし三センチメートルの深い切傷(本件傷)。右本件傷内部筋膜直上には、長さ三・二センチメートル、最大幅〇・七センチメートル、厚さ〇・二センチメートルの細長い三角形のガラス片(本件ガラス片)が存在していた。

(B)  右足先の内側に切傷。

(C)  右脚に浅い線状の切傷。

3  原告の母は、直ちに、原告を連れて被告医院へ行き、被告の診察と治療を受けた。その経過は次のとおりである。

(一)  本件事故当日(昭和五四年五月二一日)

被告は、原告の母から本件事故の状況を聴取したうえ、右(A)、(B)、(C)の傷を確認し、(B)、(C)の傷については消毒を行い、(B)の傷については、更に、絆創膏による縫合を行つた。そして、本件傷については、視診、触診を行い、傷口内部をゾンデにより検索したが、本件ガラス片の存在を発見することができなかつた。その際、ガラス片の存在を疑つた原告の母は、被告にレントゲン検査を実施するよう依頼したが、被告は、本件傷部分にガラス片は存在しないものと判断してこれを実施せず、本件傷について、消毒のうえリバガーゼを絆創膏で貼る処置を施した。また、内服薬として抗生剤を投与した。

(二)  同月二二日、二三日(通院)

ガーゼの交換を行つた。

(三)  同月二四日(通院)

本件傷の下部が硬結し、赤くなつてきたため、被告は、異物の存在を疑い、この日は日曜日であつたことから、翌二五日、本件傷についてレントゲン検査を実施することとした。

(四)  同月二五日(通院)

レントゲン検査を実施した結果、本件傷部分に本件ガラス片の存在していることが判明し、被告は、原告の母に対し、本件傷を切開して本件ガラス片を摘出するよう勧めたが、原告の母はこれを断り、他の病院に転医することを希望したため、被告は、訴外病院を紹介した。

また、同日、原告は、前夜から咳がひどかつたため、これについて被告の診察を受けて風邪と診断され、被告は、総合感冒剤及び抗生剤(セファレキシン・ドライシロップ)を投与した。

(五)  同月二七日(通院)

原告は、被告から風邪についての診療を受け、被告は、同月二五日と同様の内服薬を投与した。

4  訴外病院における診療の経過は次のとおりである。

(一)  原告は、同月二五日、被告の紹介により、訴外病院の診療を受け、同月二八日入院、翌二九日本件ガラス片摘出手術の予定となつた。しかし、同月二八日、同病院に入院し、胸部レントゲン検査を受けた結果、原告はマイコプラズマ肺炎に罹患していることが分かり、その治療のため、摘出手術は延期となつた。

(二)  原告は、同年六月二日、本件ガラス片の摘出手術を受け、同月五日、訴外病院を退院した。

(三)  原告は、訴外病院に、同月八日、同月一〇日、同月一一日に各通院して治療を受け、同月一一日に抜糸し、本件傷は完治した。

以上の事実が認められ<る>。

二請求原因2(被告の債務不履行責任)について

1 前記一1、2、3(一)認定の事実によれば、原告の法定代理人である原告の母と被告は、昭和五六年五月二一日、原告の本件事故による傷害について、被告の診療を受ける旨の診療契約を締結したことが認められる(診療契約の締結については当事者間に争いがない)。

2  次に、被告の債務不履行(不完全履行)について判断することとする。

(一)  被告が、原告に対して行つた診療の経過は、前認定のとおりで、被告は前記レントゲン検査を行うまで本件ガラス片を発見できなかつたものであるが、<証拠>を総合すれば、被告が本件傷を触診し、ゾンデにより傷口内部を検索した際、原告は痛みのためかなり泣き騒いでいる状態であつたこと、本件ガラス片は、皮下のかなり深い部分(筋膜直上)に存在していたこと、皮下の脂肪組織は、異物が侵入した後収縮して傷口を閉じてしまうことがあるため、異物が脂肪組織の下に入つてしまつた場合には、ゾンデによる検索では、異物の発見が困難な場合もあることが認められるのであり、右によれば、被告がゾンデによる検索によつて本件ガラス片を発見できなかつたことをもつて、直ちに、被告に過失があるものとすることは困難である。

(二)  そこで、右の検査方法によつて本件ガラス片が発見できなかつた本件において、被告に、更に、レントゲン検査を実施してガラス片の有無を確認すべき義務があつたか否かについて検討するに、<証拠>によれば、レントゲン検査に被曝はつきものであるので、これを実施するに当たつては、その適応について十分検討し、撮影に当たつても、その条件等を考慮して行う必要があり、乳幼児については特に右配慮が必要であるとされていることが認められ、右によれば、レントゲン検査を実施すべきか否かについては、医師が、当該患者につき、検査の必要性と被曝の危険性とを比較較量して判断すべきものということができる。

そこで、これを本件についてみると、前認定の本件傷の部位、程度に鑑みれば、レントゲン照射を行うべき場所は、右膝上部であり、その照射回数も一回で足りるものであることが認められるのであつて、右によれば、本件において、被曝の危険性はさほど重視すべき場合ではなかつたことが明らかである。

他方、<証拠>によれば、すでに本件ガラス片の存在が判明していた訴外病院においては、原告に対し、右膝部を固定し、歩行を禁止しており、本件ガラス片を体内に存在したまま放置しておくことは、かなり危険であることが推認され、これに、治療が遅延することに伴う原告の肉体的精神的苦痛を合わせ考えると、本件事故の態様から考えてガラス片が存在していた可能性の強く疑われた本件においては、レントゲン検査の必要性は、極めて高度であつたと認められるのであり、したがつて、当時原告は二歳の幼児であつたことは明らかであるが、被告は、できるだけ早期にレントゲン検査を実施して、ガラス片の存在の有無を確認すべき義務があつたものと認めるのが相当である。

また、<証拠>を総合すれば、初診当日に本件ガラス片が発見できた場合、身体状況が不全であるなど特別の事情がない限り、直ちに、その摘出手術を実施することが適切な治療方法であること、右当日、右手術を差し控えなければならないような事情は特に存在しなかつたことが認められる。

しかるに、被告は、昭和五六年五月二一日の初診時に、原告に対してレントゲン検査を実施しないで、同月二五日まで本件傷部分に存在していた本件ガラス片を発見できず、その結果、初診時において本件ガラス片を摘出するなどの適切な治療がなされず、結局数日間の治療の遅延を生じさせたものであり、被告は、この点において債務の不完全履行の責任を負うことが明らかである。

三請求原因3、4(損害及び因果関係)について

1  医療費等

原告は、前認定のとおり、訴外病院において診療を受けていることが認められるところ、<証拠>によれば、訴外病院に対し、整形外科の治療費名目で、九万七七六〇円を支払つていることが認められる。しかしながら、<証拠>によれば、右支出中には、本件傷の治療費、入院費のほかにマイコプラズマ肺炎の治療費が包含されているものと認められる。

ところで、本件傷の治療費は、被告の前記債務不履行の有無にかかわりなく、本来原告において支出する必要があつたものであり、また、前認定の本件傷の部位、程度、被告本人尋問の結果に照らすと、本件全証拠によつても、未だ本件傷の治療自体に入院が必要であつたことまでを認めるに足りず、更に、マイコプラズマ肺炎に関する治療費の支出と被告の前記債務不履行との間に因果関係を肯認するに足りる証拠は存在しない。

したがつて、結局原告が訴外病院に支出した費用及び訴外病院入院中に要した諸雑費等は、いずれも、未だ被告の前記債務不履行と因果関係があるものと言うことはできない。

2  慰藉料

前記のとおり、被告は、昭和五六年五月二一日の初診時にレントゲン検査を実施せず、同月二五日まで、本件傷部分に存在した本件ガラス片を発見しなかつたため、その結果、原告の治療が数日間遅延した。その間、原告は、被告医院に余計に通院しなければならず、また、本件傷による苦痛が長期化したのであつて、右により原告は肉体的精神的苦痛を被つたことが明らかであり、これを慰藉するには、被告から原告に対し金五万円の支払をするのが相当であると認める。

(なお、被告は、仮に原告に損害が発生したとしても、原告は両親の不注意により受傷したものであるから、損害額の算定に当たつて相当額の過失相殺がなされるべきである旨主張するが、前示事実によれば原告の受傷原因と被告の債務不履行とは無関係なことは明らかであつて、被告の右主張自体失当であり、また本件全証拠によつても、他に、原告に斟酌すべき過失があつたことを認めるに足りない。)

四結論

以上の事実によれば、本訴請求は、損害賠償金五万円及びこれに対する訴状送達の日の翌日であることが記録上明らかな昭和五七年一〇月二四日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において理由があるからこれを認容し、その余は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言につき同法一九六条を、それぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官澁川 滿 裁判官小田原満知子 裁判官岡本 岳)

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